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平成18年(行ケ)第10532号審決取消請求事件


主文

1 特許庁が無効2006-89030号事件について平成18年10月31日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

主文と同旨。

第2 事案の概要

本件は,被告の有する後記商標について,原告が平成18年3月8日付けで商標登録の無効審判請求をしたところ,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。

第3 当事者の主張

1 請求原因

(1) 特許庁における手続の経緯

被告は,平成16年2月18日に出願し,平成16年8月27日に設定登録を受けた商標登録第4798358号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。

これに対し原告は,平成18年3月8日付けで,本件商標につき商標法(以下「法」という。)4条1項8号・10号・11号・15号・16号・19号及び8条に該当する事由があるとして,商標登録の無効審判請求をした。そこで特許庁は,同請求を無効2006-89030号事件として審理した上,平成18年10月31日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」ということがある。)をし,その謄本は平成18年11月10日原告に送達された。

(2) 本件商標の内容

(商標)<標準文字>

つつみのおひなっこや

(指定商品)

第28類

「土人形および陶器製の人形」

(3) 審決の内容

審決の詳細は,別添審決写し記載のとおりである。

その要点は,本件商標は,法4条1項8号・10号・11号・15号・16号・19号及び法8条のいずれにも該当しないから,法46条1項によってその登録を無効とすることはできないというものである。なお,法4条1項11号該当性については,本件商標は下記①,②記載の登録商標(以下順に「引用商標1」,「引用商標2」という。)に類似する商標であるとすることはできないとした。

①引用商標1(登録第2354191号)

(経緯)

出願 昭和56年3月2日(商願昭56-15483号)

審判 昭58-24600号(法3条2項適用)

登録 平成3年11月29日(登録第2354191号)

書換登録 平成16年4月28日

(商標)

(指定商品)

<原登録時>

第24類「土人形」

<書換登録後>

第28類「土人形」

②引用商標2(登録第2365147号)

(経緯)

出願 昭和56年3月2日(商願昭56-15484号)(引用商標①との連合商標登録出願)

審判 昭58-24601号(法3条2項適用)

登録 平成3年12月25日(登録第2365147号)

書換登録 平成16年5月12日

(商標)

(指定商品)

<原登録時>

第24類「土人形」

<書換登録後>

第28類「土人形」

(4) 審決の取消事由

しかしながら,審決は,本件商標が法4条1項8号・10号・11号・15号・16号・19号に該当し,無効とすべきであるにもかかわらず,事実誤認により商標登録の無効審判請求を不成立としたものであるから,違法として取り消しを免れない。

ア 原告は,被告の有していた下記内容の登録第4914397号商標(平成17年9月29日出願,平成17年12月9日設定登録。以下「別件商標」という。)に対し,引用商標1,2を引用して商標登録の無効審判請求をし,特許庁は,同請求を無効2006-89031号事件として審理し,その結果,本件審決とは異なり,法4条1項16号違反を理由に別件商標の登録を無効とする審決(以下「別件審決」という。)をした。

(商標)

堤人形

つつみのおひなっこや

(指定商品)

第28類「土人形および陶器製の人形」

この矛盾は,審判官を同じくする併合審理又は併行審理をしなかったことにも起因するが,本件審決の事実認定は,根底からの見直しが必要である。

イ (ア)江戸期の仙台の堤町界隈の足軽達は,付近の粘土で堤焼と称する土管や容器の製造販売の傍ら,素焼きに粗い絵付けの素朴で土俗的な人形を作り売りしていたが,これが明治の文明開化後は西欧化の波に押されて廃れて廃業が目立ち,大正期には,原告のX家が専業,A家が副業で残るだけとなった。しかし,それまでの人形には原告の商標である「堤人形」の名称は使われず,両家のことを「つつみのおひなっこや」と称するにとどまったが,A家の廃絶でX家ただ一軒のみが残り,自ずと「つつみのおひなっこや」といえばX家,X家といえば「つつみのおひなっこや」を指すものとなった。

こうして残ったX家の当主である原告の父B(以下「B」という。)は,昭和期以後は旧来の廃れ行く土俗的で形状色彩の粗い素朴な人形を廃する,新しい精巧な人形の創作に専念し,京都の名工「狂阿弥師」にも師事して石膏型を用いた精巧かつ繊細な形状と色彩の独自の人形の創作に新境地を見いだし,これを従来使われていなかった「堤人形」あるいは「つゝみ人形」の新しい商標ないし商品表示で制作販売し,好評を博して「人形の前頭」の地位を築き,さらに,精魂を込めて独自の創作と改良を重ねた結果,堤人形は「人形の東の横綱」の名声を勝ち得るに至り,「堤人形」の商標と,そのただ一軒のみの家元を示す「つつみのおひなっこや」の周知性は,不動のものとなった。ここからこれが土地の普通名称ではなく,まして被告のY家を含む呼称ではないことが自明である。

原告の先代であるBは,こうして唯一の堤人形制作家として数々の受賞と叙勲の栄誉に輝き,その努力が道徳の教科書にも記述されたのであり,この栄誉ある事実は,上記商標と家元の呼称の周知性の全国的確立を示すものである。原告は,Bから堤人形の工芸と上記商標ないしは呼称の伝承に努め,更なる精進と創作にまい進した結果,昭和59年には,宮城県知事より「工芸品名堤人形」の制作家としてただ一人の指定を受け,その創作人形が年賀郵便切手にも一度ならず採用され,また,その制作の姿が折に触れて新聞等にも紹介された。加えて,原告は,引用商標1,2の商標登録を了してこれを維持している。したがって,これらの商標と家元としての上記呼称は,その著名性を維持しているものである。

(イ) 他方,被告のY家は,明治末ころに堤町に移住し,大正期の先代から土管や瓶などの堤焼容器の製造販売を専業としたが,時代の変化により,ダルマの製造販売に転業した。被告が昭和40年ころから専業としたダルマも時代遅れとなり,被告の父Cと被告は,原告の名声と堤人形の商品価値に着目し,模倣品の製造販売に転じたものである。

被告は,平成に入り,原告の経営する有限会社つゝみ人形の従業員だったDに接近して,原告の企業秘密である独自の石膏型を盗用し,原告商品と形状・模様・色彩をほとんど同じくする模倣品の製造にこぎつけ,この模倣品を原告の著名な「堤人形」の商標と上記家元の呼称を用い販売するに至っている。

(ウ) 以上のように,「つつみのおひなっこや」の商標は,Bから原告に至る80年以上もの長期間,原告の先代以来の業務に係る堤人形を表示するものとして,需要者の間に広く認識されていたものである。

ウ 仮に,以上の主張が認められないとしても,本件商標は,堤町の人形制作家に与えられた普通名称又はありふれた慣用名称に由来するものであるから,法3条1項1号及び2号により商標登録を受けることができず,無効とされるべきものである。

2 請求原因に対する認否

請求原因(1)ないし(3)の事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。

3 被告の反論

審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。

(1) 別件審決が,別件商標を無効としたのは,法4条1項16号に該当することを理由とするもの,すなわち,「堤人形」の表示が普通名称であることから,「「堤人形」以外の「土人形」,及び「陶器製の人形」について使用するときは,これに接する需要者は,該商品があたかも堤人形であるかのように,商品の品質について誤認を生ずるおそれがある」(別件審決〔甲17〕12頁第6段落)というものであり,本件審決の認定判断とは無関係のものである。また,審判手続を併合するか否かは,審判官の裁量に委ねられており,併合しなかったことに違法性はない。

(2) 原告もBも,「つつみのおひなっこや」の商標を使用したことはなく,それが周知ないし著名なものとなっていたこともない。原告は,A家の廃絶の際にもそれ以後も現在に至るまで,堤人形を唯一に継承している者ではない。引用商標1,2の出願時には,被告の父C,祖父Eのほか,F等も「堤人形」を製作しており,被告とCは,現在も堤人形を製作し続けているからである。被告の祖父Eは,昭和56年4月1日に堤人形について宮城県優良県産品の推奨の認証を受け,父Cは,昭和58年4月1日に堤人形についてその認証を受けている。また,Cは,宮城県伝統工芸品堤人形の製作業者として宮城県に認められている。

「つつみのおひなっこや」は,被告の商標であって,原告の呼称,雅号ないし略称ではない。現在も過去も,原告が「つつみのおひなっこや」を名乗っていた事実はない。過去に「堤のおひなっこ屋」の名称が使用されていたとしても,「このA家は,その後,大正年代まで土人形を作りつづけ,X家と共に最後の二軒として残り,「堤のおひなっこ屋」といえば,当時はこの二軒の代名詞であり,昭和の初期までこの愛称は生きていた」(甲3の1)とあるように,「堤のおひなっこ屋」は愛称であって,雅号又はその略称ではなく,ましてや著名な雅号又はその略称でもない。しかも,その愛称が用いられていたのは,昭和の初期までであって,その後は被告のY家の屋号又は商標として用いられているものである。

(3) 被告の本家であるY家は,A家の最後の継承者G氏からA家に伝わる古型の保存と,その再興を託されたものであり,被告の曽祖父がY家を分家してからは,被告の分家Y家が本家の型を受け継いで,堤人形を製作し続けている。父Cが所有する堤人形土型1759点は,仙台市指定有形文化財に指定されている。「つつみのおひなっこや」の名称は,被告の曽祖父であるHの代から屋号として使用してきたものであって,本件商標の出願日である平成16年2月18日の時点では,「つつみのおひなっこや」といえば,被告のY家の屋号及び商標として知れわたっていたものである。

(4) 原告は,本件商標は法3条1項1号及び2号により商標登録を受けることができないとも主張するが,原審判において法3条1項1号及び2号に違反するとの主張はなされていないから,本件審決取消訴訟の取消事由とはなり得ない。

当裁判所の判断

1 当裁判所は,法4条1項11号該当性を否定した本件審決は誤りであると判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。

2 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(本件商標の内容)及び(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

3 本件商標の法4条1項11号該当性

(1) 商標の類否

本件商標は,前記のとおり「つつみのおひなっこや」の文字を標準文字により横書き一連に書してなるものである。一方,前記のとおり,引用商標1は「つゝみ」の文字を太字体で横書きしてなるものであり,引用商標2は「堤」の一文字を太字体で書してなるものである(なお,引用商標1,2は,原査定において,ありふれた氏である「堤」を認識させる「つゝみ」の文字」を普通に用いられる方法で表してなるものにすぎず,法3条1項4号に該当する等として拒絶されたが,拒絶査定不服審判において,明治以降継続して商品「土人形」に使用された結果,需要者が原告の業務に係る商品であること認識することができるに至ったから法3条2項に該当するとして(平成3年4月4日審決)商標登録が認められたものである。甲1の1~4及び弁論の全趣旨)。

ところで,商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生じるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考慮すべく,しかもその商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。そこで,以上の見地に立って本件事案について検討する(本件では,便宜上,観念・称呼・外観の順位判断する。)。

(2) 観念について

ア 本件商標の構成のうち,冒頭の「つつみ」は,「【堤】(湖沼・池・川などを包むものの意)①湖沼や池・川などの,水が溢れないように土を高く築いたもの。どて。堤防。…」(広辞苑第5版)を意味する語であり,人名や地名としてもよく使用されるものであることは当裁判所に顕著である。

また,証拠(甲2~6,13,15,乙1。枝番を含む。)によれば,①仙台市堤町の土人形は,江戸の元禄時代の堤焼(杉山焼)に始まり(甲4の2),「おひなっこ」,「つつみのおひなっこ」とも呼ばれていたが,昭和初期に入ってからは「堤人形」と呼ばれるようになったこと(甲2の1,2,4の2),②上記土人形を製造する人形屋は,文化・文政(1804年~1830年)のころに堤町で13軒を数える程の全盛期を迎えて明治に至ったものの,時勢の変動から次第に廃業が目立ち,大正期にはA家,X家の2軒だけとなり,昭和期には原告の父Bだけとなったが,その後,原告及びBの弟子であったDに承継されたこと(甲2の1,6の3),③他方,遅くとも昭和56年には被告の祖父Eも堤人形を製造するようになり,被告の父Cを経て被告に承継されていること(甲13,乙1),④昭和58年に堤人形「ししのり金太郎」が年賀切手の絵柄として採用されたこと(甲5の2),⑤昭和42年1月10日発行の広辞苑第1版第22刷には,「つつみにんぎょう【堤人形】堤焼の人形。→つつみやき(堤焼)」,「つつみやき【堤焼】陶器の一種。元禄の頃から仙台の堤町で江戸の陶工上村万右衛門の創製したもの。特に人形は「堤人形」として有名」と記載されていること(甲15)が認められる。

そうすると,これらの事実によれば,本件審決当時,「堤人形」は,仙台市堤町で製造される堤焼きの人形として,本件商標の指定商品である「土人形および陶器製の人形」の販売者等の取引者には,よく知られていたものと推認することができる。

イ 次に,本件商標の4字目の「の」は,連体格を示す格助詞であり,後半の「おひなっこや」は,これに接する者に,「おひな【御雛】雛人形のこと。…」(広辞苑第5版),「こ〔接尾〕…④特に意味を持たず種々の語に付く。東北地方の方言などに多い。…」(同)及び「や【屋・家】…〔接尾〕①その職業の家またはその人を表す語…」(同)からなる語であると認識されるものと認められる。

ウ 上記に述べたところによれば,本件商標の構成のうち,冒頭の「つつみ」からは,地名,人名としての「堤」ないし「堤人形」の「堤」の観念が,「おひなっこや」からは,「雛人形屋」の観念が,それぞれ生じ,全体としては,「堤」という土地,人物の「雛人形屋」あるいは「堤人形」の「雛人形屋」との観念が生じるものと認められる。したがって,本件商標は,「つつみ」と「おひなっこや」とが組み合わされた結合商標として認識されるものであるが,本件商標の構成において「つつみ」の部分を分離することができないほど一体性があるものと認めることはできない上,全体が冗長であることから,冒頭の「つつみ」の部分のみが分離して認識され,そこから,地名,人名としての「堤」ないし「堤人形」の「堤」の観念が生じるものと認められる。

他方,引用商標1「つゝみ」及び引用商標2「堤」からも,地名,人名としての「堤」ないし「堤人形」の「堤」の観念が生じるものと認められる。

そうすると,両者は上記「堤」の観念が生じる点において共通するから,観念において類似するものと認められる。

(3) 称呼について

次に称呼について対比すると,「つつみのおひなっこや」は,「ツツミノオヒナッコヤ」の称呼を生じるが,10音(促音を含む。)という音構成が冗長であるところ,上記のとおり「つつみ」「の」「おひなっこや」と認識されるものである。そして,上記アのとおり,「おひなっこや」の部分は,「雛人形屋」,すなわち,その取り扱う商品の内容を意味するものと把握され,かつ,「つつみ」の部分のみが分離して認識されるから,簡易迅速を尊ぶ商取引の実際においては,冒頭の「つつみ」の部分から,「ツツミ」のみの称呼をも生じるものと認められる。

他方,引用商標1「つゝみ」及び引用商標2「堤」からは,いずれも「ツツミ」の称呼を生じることが明らかである。そうすると,本件商標と引用商標1,2とは,称呼において類似するものと認められる。

(4) 外観について

本件商標は,平仮名10字の構成からなるが,上記アに述べたところによれば,これに接する者は,冒頭の「つつみ」の部分のみをひとまとまりの構成として認識するものと認められる。そして,本件商標の「つつみ」の部分と引用商標1の外観を対比すると,いずれも平仮名3字の構成からなり,字体においても特に目立った特徴はない上,本件商標の冒頭の「つつみ」と引用商標1の「つゝみ」は,第1字目の「つ」と末尾の「み」を共通にする上,「つつみ」は「つゝみ」と表記されることもあるから,本件商標冒頭の「つつみ」部分と「つゝみ」において外観が類似するものと認められる。そうすると,本件商標と引用商標1は,外観においても一部において類似するものである。なお,本件商標と引用商標2は,外観において類似するものとは認められない。

(5) 指定商品の類否

本件商標の指定商品は,第28類「土人形および陶器製の人形」であり,他方,引用商標1,2の指定商品は,いずれも第28類「土人形」であるから,その指定商品は「土人形」において同一であり,また,「土人形」と「陶器製の人形」は,いずれも焼物製の人形であり,類似するものと認められるから,その指定商品は同一ないし類似するものである。

(6) 小括

以上に検討したところによれば,本件商標と引用商標1は,観念及び称呼において類似し,外観においても一部が類似するものであるから,類似する商標であると認められる。また,本件商標と引用商標2は,観念及び称呼において類似するところ,外観において類似するとは認められないものの,両者とも特徴のある外観を備えるものとは認められないから,その相違は,称呼及び観念における類似性をしのぐほどの特段の差異を取引者,需要者に印象付けるものということはできず,全体として類似する商標であると認められる。そして,本件商標の指定商品である第28類「土人形および陶器製の人形」の取引者,需要者には,一般の消費者も含まれるから,取引をするに際し商標に払われる注意力が特に高いものということはできず,本願商標と引用商標1,2が同一又は類似の指定商品に使用された場合には,その取引者,需要者において商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあると認められる。したがって,本件商標は,引用商標1,2との間で法4条1項11号に該当するものといわなければならない。

3 結論

そうすると,本件商標は,引用商標1,2に類似する商標であるとすることはできないとして法4条1項11号該当性を否定した本件審決の判断は誤りであり,その余の点について判断するまでもなく,本件審決は取り消しを免れない。

よって,原告の本訴請求は理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。

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