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平成17年(行ケ)第10085号 審決取消(実用新案)請求事件


主文

1 特許庁が平成10年審判第35595号事件について平成16年6月29日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

主文と同旨

第2 事案の概要

本件は,被告の有する後記実用新案につき,原告が特許庁に対し実用新案登録の無効審判を請求したところ,特許庁が,審理の上,無効審判請求は成り立たない旨の審決をしたことから,原告が審決の取消しを求めた事案である。

第3 当事者の主張

1 請求の原因

(1) 特許庁における手続の経緯

ア 被告は,考案の名称を「車椅子」とする実用新案登録第1998386号考案(平成2年6月28日登録出願,平成5年12月22日設定登録,以下「本件考案」といい,その実用新案登録を「本件実用新案登録」という。)の実用新案権者である。

イ 被告は,平成10年7月8日,願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載等の訂正(以下「第1次訂正」という。)を求める訂正審判請求をし,特許庁は,同請求を平成10年審判第39051号事件として審理した上,平成10年12月9日,第1次訂正を認める旨の審決をし,同審決は確定した。

ウ 原告は,平成10年11月27日,本件実用新案登録を無効とすることにつき無効審判の請求をし,同請求は,平成10年審判第35595号事件(以下「本件審判事件」という。),として特許庁に係属した。特許庁は,本件審判事件につき審理した上,平成11年12月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「第1次審決」という。)をした。

これに対し,原告は,第1次審決の取消しを求める訴え(当庁平成12年(行ケ)第33号)を提起したところ,平成12年11月9日に,第1次審決を取り消す旨の判決(以下「第1次判決」という。)が言い渡され,これに対する被告の上告受理の申立てが平成13年3月23日に不受理とされ,第1次判決は確定した。

エ その間,被告は,平成12年12月12日,本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載等の訂正(以下「第2次訂正」という。)を求める訂正審判請求をし,特許庁は,同請求を訂正2000-39155号事件として審理した上,平成13年7月23日,第2次訂正を認める旨の審決をし,同審決は確定した。

オ 第1次判決の確定を受けて,特許庁は,本件審判事件について更に審理した上,平成13年9月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「第2次審決」という。)をした。

これに対し,原告は,第2次審決の取消しを求める訴え(当庁平成13年(行ケ)第457号)を提起したところ,平成14年7月8日,第2次審決を取り消す旨の判決が言い渡され,同判決は確定した。

カ これを受けて,特許庁は,本件審判事件の審理を再開したところ,被告は,平成16年2月23日,本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載等の訂正(以下「本件訂正」という。)を求める訂正請求をした。特許庁は,上記事件につき審理した上,平成16年6月29日に「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,平成16年7月9日,原告に送達された。

(2) 本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載

ア 設定登録時のもの

座部の両側にアームレストを水平使用状態より上方へ回動可能に取付けた構成であって,該アームレストは遮板が張設されているコの字形フレームからなり,該フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されており,水平使用状態では前下端部は車椅子本体にロック可能に支持されていることを特徴とする車椅子。

イ 第1次訂正に係るもの(下線は,設定登録時からの訂正箇所を示す。)

座部の両側にアームレストを水平使用状態より上方へ回動可能に取付けた構成であって,該アームレストは遮板が張設されているコの字形のフレームからなり,該フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されており,水平使用状態では前下端部は,孔と該孔に挿入する係合ボルトとによる係止手段によって,車椅子本体にロック可能に支持されていることを特徴とする車椅子。

ウ 第2次訂正に係るもの(下線は,第1次訂正時からの訂正箇所を示す。)

座部の両側にアームレストを水平使用状態より上方へ回動可能に取付けた構成であって,該アームレストは遮板が張設されているコの字形のフレームからなり,該フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されており,水平使用状態では該フレームの前下端部に取り付けられているロック片のロック孔が車椅子本体に突設されている係合ボルトに係合することによって,該フレームが車椅子本体にロック可能に支持されていることを特徴とする車椅子。

エ 本件訂正に係るもの(下線は,第2次訂正時からの訂正箇所を示す。)

座部の両側にアームレストを水平使用状態より上方へ回動可能に取付けた構成であって,該アームレストは遮板が張設されているコの字形のフレームからなり,該フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されており,水平使用状態では該フレームの前下端部には下縁が外側に屈曲されているロック片がその上縁部に沿った方向の枢軸によって車椅子の側面に対して外側に開きバネの付勢力により内側に戻るように枢着されており,該水平使用状態では該ロック片のロック孔が車椅子本体に突設されている係合ボルトに係合することによって,該フレームが車椅子本体にロック可能に支持されていることを特徴とする車椅子。(以下,本件訂正に係る上記考案を「訂正後考案」という。)

(3) 本件審決の内容

ア 本件審決の詳細は,別添審決謄本写しのとおりである。

その要旨は,訂正後考案は,米国特許第4840390号明細書(本訴

甲3,以下「刊行物1」という。),実願昭58-47668号(実開昭59-153708号)のマイクロフィルム(本訴甲9,以下「刊行物2」という。)及び

実公昭34-20932号公報(本訴甲10,以下「刊行物3」という。)に記載された考案(以下,刊行物1~3に記載された考案を,「引用考案1」~「引用考案3」という。)に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものではないなどとして,本件訂正を認めた上,①第1次訂正は,本件明細書の実用新案登録請求の範囲の減縮又は明りょうでない記載の釈明をしたとは認められず(以下「無効理由1」という。),②本件考案は,引用考案1に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり(以下「無効理由2」という。),③本件考案は,実公昭52-43544号公報及び実願昭60-95475号(実開昭62-4320号)のマイクロフィルムに記載された考案並びに引用考案1に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり(以下「無効理由3」という。),④第2次訂正は,本件明細書の実用新案登録請求の範囲の減縮又は明りょうでない事項の釈明をしたものとは認められず,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものではなく,かつ,第2次訂正に係る考案は,独立して実用新案登録を受けることができないものである(以下「無効理由4」という。)という請求人(原告)の主張をいずれも排斥し,請求人の主張及び証拠方法等によっては,本件実用新案登録を無効とすることはできないとしたものである。

イ なお,本件審決は,訂正後考案と引用考案1とを対比し,その一致点及び相違点を,次のとおり認定した。

(ア) 一致点

「座部の両側にアームレストを水平使用状態より上方へ回動可能に取付けた構成であって,該アームレストは遮板が張設されているコの字形のフレームからなり,該フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されており,水平使用状態では,該フレームが車椅子本体にロック可能に支持されている車椅子」である点。

(イ) 相違点

アームレストのフレームが車椅子本体にロック可能に支持される態様が,訂正後考案は,「フレームの前下端部には下縁が外側に屈曲されているロック片がその上縁部に沿った方向の枢軸によって車椅子の側面に対して外側に開きバネの付勢力により内側に戻るように枢着されており,水平使用状態では該ロック片のロック孔が車椅子本体に突設されている係合ボルトに係合することによって」行われるものであるのに対し,引用考案1は,「U形状アーム支持構造体160(フレーム)の前下端部に取付けられている第2スプリング戻り爪176の突起部がサイドフレームA(車椅子本体)に設けられた第2搭載ブラケットの開口部178に係合することによって」行われるとしている点。

(4) 本件審決の取消事由

本件審決は,本件訂正に係る訂正要件違反を看過し(取消事由1),訂正後考案の容易想到性に関する判断を誤り(取消事由2),本件明細書の記載不備を看過し(取消事由3),さらに,第2次訂正に係る訂正要件違反を看過した(取消事由4)ものであるから,違法として取り消されるべきである。

ア 取消事由1(本件訂正に係る訂正要件違反の看過)

(ア) 本件審決は,本件訂正に係る訂正要件について,「上記訂正事項a(注,実用新案登録請求の範囲の記載に係る訂正事項を指す。)は,第4図に示された実施例の構成及び該実施例に関する登録時明細書,第1次訂正明細書及び第2次訂正明細書のいずれにも記載されている説明に基いて,ロック片がフレームの前下端部に取付けられている態様を特定するものであるから,実用新案登録請求の範囲の減縮を目的とした訂正であり,新規事項の追加に該当しない。・・・そして,上記いずれの訂正事項も,側方にベッドや壁等があっても,これらの物にアームレストが干渉しない車椅子の提供という課題に変更を及ぼすものではないから,実質上実用新案登録請求の範囲を拡張又は変更するものでもない」(審決謄本3頁下から第4段落~第2段落)と判断したが,誤りである。

(イ) 本件訂正は,上記(2)のウ及びエのとおり,実用新案登録請求の範囲の記載中,ロック片とコの字型フレームとの関係について,「該フレームの前下端部には下縁が外側に屈曲されているロック片がその上縁部に沿った方向の枢軸によって車椅子の側面に対して外側に開きバネの付勢力により内側に戻るように枢着されており」との規定を追加する訂正事項を含むものである。

しかしながら,第2次訂正に係る本件明細書(甲20添付,以下「第2次訂正明細書」という。)においては,両者の関係につき,「枢着」とは記載されているが,「枢軸」とは記載されていない。平成12年8月28日日刊工業新聞社発行「特許技術用語集-第2版-」(甲25,以下「甲25文献」という。)によれば,「枢軸」とは「回動する軸」のことであり,「枢着」とは「凹凸部分で回動自在に付けること」であるから,「枢着」を「枢軸」に訂正すると,「凹凸部分」のみならず,「回転する軸」のすべてが含まれることになる。

したがって,本件訂正により,「枢着」を「枢軸」に訂正することは,第2次訂正明細書に記載した事項の範囲内の事項ではない新規事項を追加するものであり,かつ,実用新案登録請求の範囲を拡張するものであって,平成5年法律第26号の附則4条2項の規定により読み替えて適用される旧実用新案法(以下,単に「旧実用新案法」という。)40条2項に規定する訂正要件を満たさない。

イ 取消事由2(訂正後考案の容易想到性に関する判断の誤り)

(ア) 本件審決は,訂正後考案と引用考案1との上記相違点について,「引用考案2及び3は,いずれも単に,ロック片に設けられたロック孔と係合ボルトとによるロック可能な支持構造を開示するにとどまり,訂正後考案におけるロック片の操作及び動作を規定するためのロック片の形状及び取付態様を開示するものとはなっていないため,引用考案2及び3に開示の上記支持構造を引用考案1に適用したとしても,訂正後考案に至らないことは明らかである。また,「下縁が外側に屈曲されているロック片がその上縁部に沿った方向の枢軸によって車椅子の側面に対して外側に開きバネの付勢力により内側に戻るように枢着され」として特定されたロック片の構成が,車椅子の技術分野における周知慣用の手段であるとも認められない」(審決謄本9頁最終段落~10頁第2段落)などと判断した上,「訂正後考案は,刊行物1ないし3に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるとは到底いえない」(同頁下から第3段落)と判断したが,誤りである。

(イ) 引用考案1の「孔と該孔に挿入するスプリング部材とからなる係止手段」と訂正後考案の「孔と該孔に挿入する係合ボルト」とは実質的に同一の技術的課題を解決し,作用効果を奏するものである。訂正後考案の「孔と該孔に挿入する係合ボルト」は,引用考案1の第2スプリング戻り爪の「車椅子の側面に対して内側に押されバネの付勢力により外側に戻る」構成を置換したものにすぎない。したがって,相違点に係る訂正後考案の構成は,引用考案1~3に基づいて当業者がきわめて容易に想到し得たものというべきである。

(ウ) これに対し,被告は,訂正後考案とは異なり,引用考案1には,アームレストを手掛かりとして車椅子を持ち上げることに関する技術的課題が存在しない旨主張する。

しかしながら,第1次判決(甲2)は,「車椅子の開発に携わる当業者が,アームレストを手がかりとして持ち上げることができるように車椅子の設計を行おうとすることは,ごく当然のことと認められる。そしてまた,引用例(判決注,刊行物1と同じ。)記載の発明の車椅子においても,当然,そのような配慮がなされていると考えるべきである。したがって,引用例に,アームレストを手でつかんで車椅子を持ち上げることができるようにするという技術的課題が記載されていないとしても,車椅子一般について,この技術的課題が存在しないとか,引用例に接した当業者が,そこに記載された発明の車椅子について,この技術的課題を認識できない,などということはできない」(21頁最終段落~22頁第2段落)と判示しているから,被告の上記主張は失当である。

ウ 取消事由3(本件明細書の記載不備の看過)

(ア) 本件訂正に係る本件明細書(甲5添付,以下「訂正明細書」という。)に,「第1図に示す状態では該アームレスト(9)のフレーム(9)Aの前下端部(9)Dの平坦部の嵌着溝(9)Eに前側フレーム(4)の係合ボルト(18)が嵌合し,更にロック片(9)Gのロック孔(9)Hが該係合ボルト(18)に係合しているので,アームレスト(9)は確実に車椅子(1)本体に固定され,車椅子(1)を階段等から降ろす場合はアームレスト(9)を手がかりとして車椅子(1)を持上げることが出来る」(3頁最終段落~4頁第1段落)と記載されているとおり,訂正後考案においては,係合ボルトがロック片のロック孔に係合するために,嵌着溝は必須のものである。

このように,訂正後考案は,嵌着溝を必須の構成要件とするものであるにもかかわらず,訂正明細書の実用新案登録請求の範囲の記載には,「嵌着溝」について規定されていない。したがって,訂正明細書には,考案の構成に欠くことができない事項が記載されていないから,平成5年法律第26号の附則4条1項の規定により「なおその効力を有する」ものとされる旧実用新案法5条5項2号に規定する明細書の記載要件を満たさないものというべきである。

(イ) なお,上記(ア)の主張に係る訂正明細書の記載不備の点は,本件審判事件においては主張していなかった事項である。

エ 取消事由4(第2次訂正に係る訂正要件違反の看過)

(ア) 本件審決は,第2次訂正に係る訂正要件違反をいう無効理由4の主張について,「また,「車椅子本体に突設されている係合ボルト」なる事項については,登録時明細書及び第1次訂正明細書の「車椅子1の本体の前側フレーム4には係合ボルト18が突設されている」なる記載,及び,第4図に示された内容に基いて特定したものであるから,新規事項の追加とはいえず,係合ボルトの突設位置に関しては,水平使用状態で,ロック片のロック孔が車椅子本体に突設されている係合ボルトに係合する位置として捉えうるところであるから,取付け位置を不明にするものであるともいえない」(審決謄本15頁第2段落)と判断したが,誤りである。

(イ) 第2次訂正は,上記(2)のイ及びウのとおり,実用新案登録請求の範囲の記載中,コの字型フレームと係合ボルトとの係合の態様について,「孔と該孔に挿入する係合ボルトとによる係止手段によって」との規定を,「該フレームの前下端部に取り付けられているロック片のロック孔が車椅子本体に突設されている係合ボルトに係合することによって」と改める旨の訂正事項を含むものである。

しかしながら,第1次訂正に係る本件明細書(甲17添付,以下「第1次訂正明細書」という。)においては,係合ボルトの突設位置に関して,「前側フレーム(4)には係合ボルト(18)が突設されている」(3頁第1段落)との記載はあるが,「車椅子本体に突設されている係合ボルト」との記載はない。にもかかわらず,第2次訂正により,「車椅子本体に突設されている係合ボルト」と訂正することは,係合ボルトの突設位置を不明確にするものであり,第1次訂正明細書に記載した事項の範囲内ではない新規事項を追加するものであり,かつ,実用新案登録請求の範囲を拡張するものである。

したがって,第2次訂正は,旧実用新案法39条1項に規定する訂正要件を満たさない。

2 請求原因に対する認否

請求原因(1)~(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。

3 被告の反論

本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

(1) 取消事由1(本件訂正に係る訂正要件違反の看過)について

原告は,「枢着」を「枢軸」に訂正する本件訂正は,第2次訂正明細書に記載した事項の範囲内の事項ではない新規事項を追加するものであり,かつ,実用新案登録請求の範囲を拡張するものである旨主張する。

しかしながら,第2次訂正明細書(甲20添付)の記載から明らかなとおり,本件考案にあっては,ロック片9Gは,その上縁部を中心として外側及び内側に回動可能であり,訂正明細書では,このような回動の中心を軸と仮想して「枢軸」と呼んでいるものである。

原告は,甲25文献を根拠に挙げるが,一般に,「枢着」とは,一端又は一点を中心として回動可能に部材を取り付けることを指すものと解されており(甲21,乙2,3参照),甲25文献における「枢着」の定義は絶対的なものではない。そして,第2次訂正明細書において,ロック片が,その上縁を中心に回動する動きが記載されていたことは上記のとおりであるから,その動きの中心となる軸,すなわち「枢軸」が実質的に記載されていたことは明らかである。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(2) 取消事由2(訂正後考案の容易想到性に関する判断の誤り)について

ア 原告は,引用考案1の「孔と該孔に挿入するスプリング部材とからなる係止手段」と訂正後考案の「孔と該孔に挿入する係合ボルト」とは実質的に同一の技術的課題を解決し,作用効果を奏するものであると主張する。

(ア) しかしながら,訂正後考案においては,訂正明細書(甲5添付)に明記されているとおり,アームレストを確実に車椅子本体に固定し,車椅子を階段等から降ろす場合は,アームレストを手掛かりとして車椅子を持ち上げることができるようにし,もって,介助者が手を滑らせたり,つまずいたりして車椅子が左右前後に傾き,車椅子に乗った人が車椅子から転落するような不測の事態を防止することを技術的課題とするものである(3頁最終段落~4頁第1段落)。

これに対し,引用考案1は,アームレストを手掛かりとして車椅子を持ち上げることができるほどのロック強度を有しないので,上記の技術的課題は引用考案1には存在しないから,訂正後考案と引用考案1とは,実質的に同一の技術的課題を解決し,作用効果を奏するものではない。

(イ) なお,この点について,原告は,第1次判決(甲2)の判示(21頁最終段落~22頁第2段落)を援用する。

しかしながら,第1次判決の該当部分は,その冒頭に「車椅子に限らず」(21頁最終段落)とあるとおり,一般的にアームレスト付きの椅子を持ち上げる場合の常識について判示するものであって,人が座ったままの椅子を手で持ち上げることは常識的なことではないから,アームレスト付きの椅子に人が座っていることを前提とするものではない。ところが,訂正後考案は人が車椅子に乗った状態における安全性に配慮したものであるから,第1次判決の上記判示は妥当しない。

また,そもそも,第1次判決の上記判示は,引用考案1と第1次訂正に係る考案との対比に関するものであり,訂正後考案についての判断を拘束するものではない。

イ また,原告は,訂正後考案の「孔と該孔に挿入する係合ボルト」は,引用考案1の第2スプリング戻り爪の「車椅子の側面に対して内側に押されバネの付勢力により外側に戻る」構成を置換したにすぎない旨主張する。

しかしながら,訂正後考案では,ロック片という係合ボルトに係合する孔を有する部材が,「外側に開きバネの付勢力によって内側に戻る」のに対し,引用考案1では,開口部178に係合する部材である第2スプリング戻り爪176が「内側に押されバネ(スプリング戻り爪自体)の付勢力により外側に戻る」のであって,両者の構成は全く異なるから,原告の上記主張は失当である。

(3) 取消事由3(本件明細書の記載不備の看過)について

取消事由3に係る訂正明細書の記載不備の点は,本件審判事件においては主張されていなかった事項であるから,原告の主張は失当である。

(4) 取消事由4(第2次訂正に係る訂正要件違反の看過)について

原告は,第2次訂正により,「車椅子本体に突設されている係合ボルト」と訂正することは,係合ボルトの突設位置を不明確にするものであり,第1次訂正明細書に記載した事項の範囲内ではない新規事項を追加するものであり,かつ,実用新案登録請求の範囲を拡張するものであると主張する。

しかしながら,第1次訂正明細書(甲17添付)には,「ロック片(9)Gのロック孔(9)Hが該係合ボルト(18)に係合している」(3頁下から第2段落),「ロック片(9)Gの上縁部が該下縁部(9)Dに枢着されており」(同頁第1段落)との記載があり,それらの記載によれば,係合ボルトの突設位置が,車椅子本体においてフレームの前下端部に位置するロック片のロック孔に係合ボルトが係合するような位置であることは自明であるから,原告の上記主張は失当である。

当裁判所の判断

1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載),(3)(本件審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

そこで,本件審決の適否に関し,原告の取消事由ごとに判断することとする。

2 取消事由4(第2次訂正に係る訂正要件違反の看過)について

(1) 本件審決は,第2次訂正に係る訂正要件違反をいう無効理由4の主張について,「また,「車椅子本体に突設されている係合ボルト」なる事項については,登録時明細書及び第1次訂正明細書の「車椅子1の本体の前側フレーム4には係合ボルト18が突設されている」なる記載,及び,第4図に示された内容に基いて特定したものであるから,新規事項の追加とはいえず,係合ボルトの突設位置に関しては,水平使用状態で,ロック片のロック孔が車椅子本体に突設されている係合ボルトに係合する位置として捉えうるところであるから,取付け位置を不明にするものであるともいえない」(審決謄本15頁第2段落)と判断した。

これに対し,原告は,第2次訂正により,「車椅子本体に突設されている係合ボルト」と訂正することは,係合ボルトの突設位置を不明確にするものであり,第1次訂正明細書に記載した事項の範囲内ではない新規事項を追加するものであり,かつ,実用新案登録請求の範囲を拡張するものである旨主張する。

(2) 第2次訂正は,上記第3の1(2)イ及びウのとおり,実用新案登録請求の範囲の記載中,コの字型フレームと係合ボルトとの係合の態様を規定する部分につき,第1次訂正明細書において「孔と該孔に挿入する係合ボルトとによる係止手段によって」とされていたものを,「該フレームの前下端部に取り付けられているロック片のロック孔が車椅子本体に突設されている係合ボルトに係合することによって」と改める訂正事項を含むものであるところ,原告の上記主張のうち新規事項の追加をいう部分は,当該訂正事項のうち,「車椅子本体に突設されている係合ボルト」との部分は,第1次訂正明細書に記載した事項の範囲内ではない新規事項であると主張するものであると解される。

そこで検討すると,第1次訂正明細書(甲17添付)には,係合ボルトの突設位置について,①「該フレームの・・・前下端部は,孔と該孔に挿入する係合ボルトとによる係止手段によって,車椅子本体にロック可能に支持されている」(実用新案登録請求の範囲の請求項1),②「一方車椅子(1)の本体の前側フレーム(4)には係合ボルト(18)が突設されている」(3頁第1段落,設定登録時の本件明細書〔甲6,以下「登録明細書」という。〕の3欄29行目から31行目に相当),③「更にロック片(9)Gのロック孔(9)Hが該係合ボルト(18)に係合している」(同頁下から第2段落,登録明細書の4欄5行目~6行目に相当),④「ロック片(9)Gは・・・前側フレーム(4)の係合ボルト(18)によって外側に押しのけられ,該係合ボルト(18)は該フレーム(9)Aの前下端部(9)Dの嵌着溝(9)Eに嵌着し,それから該ロック片(9)Gはスプリング(9)Iの付勢力によって内側に戻され,該ロック片(9)Gのロック孔(9)Hに該係合ボルト(18)が係合する」(4頁第1段落,登録明細書の4欄24行目~31行目に相当)と記載されており,係合ボルトが,「前側フレーム」に突設されるとの記載はあるが,車椅子本体の前側フレーム以外の部位にも突設され得ることを記載ないし示唆する部分は見当たらない。

他方,車椅子本体の構成に関して,第1次訂正明細書には,「車椅子(1)は左右一対の上側フレーム(2)と,左右一対の下側フレーム(3)と,左右一対の前側フレーム(4)と,左右一対の後側フレーム(5)と,左上側フレーム(2)と右下側フレーム(3)および右上側フレーム(2)と左下側フレーム(3)とを連結する前後一対のX形フレーム(6)と,左右上側フレーム(2)に左右一対の支棒(7)を介して差渡されている座部(8)と,該座部(8)の両側に設置されている一対のアームレスト(9)と,該左右一対の後側フレーム(5)の上部に差渡されている背もたれ部(10)と,該左右一対の後側フレーム(5)の上端部を夫々屈曲して形成された把手部(11)と,該左右一対の上側フレーム(2)の前部を下方に屈曲して形成された足のせ台支持フレーム(12)と,該足のせ台支持フレーム(12)の下端に上下回動可能に取付けられている左右一対の足のせ台(13)と,該左右一対の前側フレーム(4)の下端に左右回動可能に取付けられた軸受(14)に回動可能に支持されている前輪(15)と,該左右一対の後側フレーム(5)の下端に軸(16)を介して回動可能に取付けられている後輪(17)とからなり」(2頁最終段落,登録明細書の2欄25行目~3欄18行目に相当)と記載されているように,車椅子本体は,前側フレームのみならず,多数の部材から構成されていることが認められる。

そうすると,第2次訂正によって,「車椅子本体に突設されている係合ボルト」(下線付加)と規定することは,「係合ボルト」の突設位置について,第1次訂正明細書に記載された「前側フレーム」のみならず,「車椅子本体」中の「前側フレーム」以外の部材に設け得ることを新たに規定したものであるといわざるを得ず,第2次訂正は,旧実用新案法39条1項にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項」の範囲内でしたものとは認められないというべきである。

(3) これに対し,被告は,上記(2)③の記載等によれば,係合ボルトの突設位置が,車椅子本体においてフレームの前下端部に位置するロック片のロック孔に係合ボルトが係合するような位置であることは自明である旨主張する。

しかしながら,旧実用新案法39条1項にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項」とは,願書に添付した明細書又は図面に現実に記載されているか,記載されていなくとも,現実に記載されているものから自明であるかいずれかの事項に限られるものと解されるが,そこで現実に記載されたものから自明な事項であるというためには,現実には記載がなくとも,現実に記載されたものに接した当業者であれば,だれもが,その事項がそこに記載されているのと同然であると理解するような事項でなければならず,その事項について説明を受ければ簡単に分かる,という程度のものでは,自明ということはできないというべきである。

上記(2)のとおり,第1次訂正明細書には,係合ボルトが前側フレームに突設されるとの記載はあるものの,車椅子本体の前側フレーム以外の部位にも突設され得ることを記載ないし示唆する部分は見当たらないのであるから,第1次訂正明細書の記載に接した当業者のだれもが,被告主張のように,「車椅子本体においてフレームの前下端部に位置するロック片のロック孔に係合ボルトが係合するような位置」にも係合ボルトを突設し得るものであると理解するとは到底考えられず,被告の上記主張は採用の限りではない。

(4) 以上によれば,第2次訂正は,旧実用新案法39条1項に規定する訂正要件を満たさないものであって,本件実用新案登録には,旧実用新案法37条1項2号の2に規定する無効理由があるというべきであるから,本件審決の上記(1)の判断は誤りであり,原告の取消事由4の主張は理由がある。

3 取消事由2(訂正後考案の容易想到性に関する判断の誤り)について

(1) 上記2のとおり,第2次訂正に係る訂正要件違反をいう原告の取消事由4の主張は理由があるから,審決は違法として取消しを免れないが,更に進んで,訂正後考案の容易想到性をいう原告主張の取消事由2についても検討する。

(2) 本件審決は,訂正後考案と引用考案1との相違点について,「引用考案2及び3は,いずれも単に,ロック片に設けられたロック孔と係合ボルトとによるロック可能な支持構造を開示するにとどまり,訂正後考案におけるロック片の操作及び動作を規定するためのロック片の形状及び取付態様を開示するものとはなっていないため,引用考案2及び3に開示の上記支持構造を引用考案1に適用したとしても,訂正後考案に至らないことは明らかである。また,「下縁が外側に屈曲されているロック片がその上縁部に沿った方向の枢軸によって車椅子の側面に対して外側に開きバネの付勢力により内側に戻るように枢着され」として特定されたロック片の構成が,車椅子の技術分野における周知慣用の手段であるとも認められない」(審決謄本9頁最終段落~10頁第2段落)などと判断した上,「訂正後考案は,刊行物1ないし3に記載された考案に基いて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるとは到底いえない」(同頁下から第3段落)と判断した。

これに対し,原告は,訂正後考案の「孔と該孔に挿入する係合ボルト」は,引用考案1の第2スプリング戻り爪の「車椅子の側面に対して内側に押されバネの付勢力により外側に戻る」構成を置換したものにすぎないなどとして,相違点に係る訂正後考案の構成は,引用考案1~3に基づいて当業者がきわめて容易に想到し得た旨主張する。

(3) そこで検討すると,相違点に係る引用考案1の「アームレストのフレームが車椅子本体にロック可能に支持される態様」は,刊行物1の「第2スプリング戻り爪176はスプリング力で第2搭載ブラケッドの開口部178と係合される。開放ボタン180をプレスすると,スプリング戻り爪は開口部から開放され,アーム支持構造体の前方端を第2ブラケットから取り外させる」(訳文6頁最終段落)との記載を考慮して,より厳密に見れば,「U形状アーム支持構造体160(フレーム)の前下端部に取付けられている第2スプリング戻り爪176の突起部を,バネの付勢力により,サイドフレームA(車椅子本体)に設けられた第2搭載ブラケットの開口部178に係合することにより,フレームを車椅子本体にロックする」ものであると認めることができる。

これを,相違点に係る訂正後考案の「アームレストのフレームが車椅子本体にロック可能に支持される態様」と対比すると,訂正後考案は,アームレストのフレームの前下端部に取り付けられた「ロック片」という部材に設けられた「ロック孔」を,内側,すなわち車椅子本体側に向けたバネの付勢力によって,車椅子本体側に突設されている「係合ボルト」に係合するものであるのに対し,引用考案1は,アームレストのフレームの前下端部に取り付けられた「第2スプリング戻り爪」という部材の「突起部」を,車椅子本体側に向けたバネの付勢力によって,車椅子本体側に設けられた「開口部」に挿入して係合するものであると見ることができる。したがって,より厳密には,両者は,審決の認定した一致点に加え,①「係合ボルト」ないし「突起部」という凸部を,車椅子本体側に向けたバネの付勢力により,「ロック孔」ないし「開口部」という孔に係合するものである点,及び②アームレストのフレームと車椅子本体とを結び付けるため,可動性を有する第3の部材を,アームレストのフレームの前下端部に取り付けている点においても一致しており,審決認定の相違点は,実質的には,以下の諸点をその内容とするものであると認めるのが相当である。

ア 訂正後考案においては,凸部を車椅子本体に,孔をアームレストのフレームに取り付けた第3の部材に設けているのに対し,引用考案1においては,凸部をアームレストのフレームに取り付けた第3の部材に,孔を車椅子本体側に設けている点。

イ 上記凸部の具体的構成が,訂正後考案においては,「係合ボルト」であるのに対し,引用考案1においては,スプリング戻り爪の「突起部」である点。

ウ 上記第3の部材の具体的構成が,訂正後考案においては,「下縁が外側に屈曲されているロック片」であるのに対し,引用考案1においては,「第2スプリング戻り爪」である点。

エ 上記第3の部材のアームレストのフレームの前下端部に対する取付けの態様が,訂正後考案においては,「その上縁部に沿った方向の枢軸によって車椅子の側面に対して外側に開きバネの付勢力により内側に戻るように枢着」されているのに対し,引用考案1においては,取付けの態様が明らかでない点。

(4) 以下,上記(3)のア~エの各点について,順に検討する。

ア アの点について

訂正後考案及び引用考案1に見られるように,アームレストのフレームを車椅子本体にロック可能に支持するという技術的課題を解決するため,バネの付勢力によって凸部を孔に係合するという構成を採用した場合,フレーム側と車椅子本体側とのいずれに凸部を設け,いずれに孔を設けるかは,格別の技術的意義のない設計的な事項であるということができるから,アの点は,当業者が,考案の実施に当たり適宜決定すれば足りる事項にすぎないというべきである。

なお,訂正後考案及び引用考案1においては,凸部又は孔を設ける一方の対象は車椅子本体であり,他方の対象はアームレストのフレームの前下端部に取り付けた可動性を有する第3の部材とされているから,いずれに凸部又は孔を設けるかは,技術的には,凸部又は孔のいずれを可動とするかに直結することになる。しかしながら,凸部と孔とによって係合関係を形成するためには,凸部を孔との位置関係を相対的に移動させて,凸部を孔に挿入すればよいことは当然であり,その際,凸部と孔とのいずれを移動させるかは,やはり,格別の技術的意義のない設計的な事項であるということができるから,この点は,上記の判断を左右するものではない。

イ イの点について

(ア) 孔と係合すべき凸部の具体的構成が,訂正後考案においては,「係合ボルト」であるのに対し,引用考案1においては,スプリング戻り爪の「突起部」であることは,技術的には,凸部の物理的な大小ないし強度に差異があることを意味し,その結果,孔と凸部とが係合された状態における,アームレストのフレームと車椅子本体との係合の物理的な強度に違いをもたらし,ひいては,アームレストを手掛かりとして車椅子を持ち上げることができるかどうかといった機能上の差異を生じる可能性があるものと認められる。

(イ) ところで,車椅子の開発に携わる当業者が,アームレストを手掛かりとして持ち上げることができるように車椅子の設計を行おうとすることは,ごく当然のことと認められ,引用考案1記載の車椅子においても,当然,そのような配慮がなされていると考えるべきであること,したがって,刊行物1自体に,アームレストを手でつかんで車椅子を持ち上げることができるようにするという技術的課題が記載されていないとしても,車椅子一般について,この技術的課題が存在しないとか,刊行物1に接した当業者が,そこに記載された発明の車椅子について,この技術的課題を認識できないなどということができないことは,第1次判決(甲2)の判示するところであり(21頁最終段落~22頁第2段落),この点に関する第1次判決の判断は,特許庁を拘束する(行訴法33条1項)。そうすると,本件においては,刊行物1に接した当業者は,アームレストを手掛かりとして持ち上げることができるようにするとの技術的課題を認識するものというべきであるから,当該技術的課題に基づいて,アームレストのフレームと車椅子本体との係合の物理的な強度を高めることは,当業者が当然に配慮することというべきである。

なお,この点について,被告は,①第1次判決の該当部分は,アームレスト付きの椅子に人が座っていることを前提とするものではないから,訂正後考案には妥当しない,②第1次判決の上記判示は,引用考案1と第1次訂正に係る考案との対比に関するものであり,訂正後考案についての判断を拘束するものではない旨主張する。しかし,第1次判決が,人が乗った状態の車椅子についてアームレストを手掛かりとして持ち上げることができるようにすることが当業者にとって当然の技術的課題であると判示するものであることは,該当部分の記載自体から明らである。また,審決を取り消した判決である第1次判決の判断が,本件審判事件について特許庁を拘束することは行訴法33条1項の規定するとおりであり,その点は,その後の訂正の有無には関わらない(第1次判決の上記判示は,車椅子開発に携わる当業者が当然に認識する技術的課題の内容に関するものであり,それが訂正によって左右されることはない。)から,以上によれば,被告の上記主張は採用の限りではない。

(ウ) 他方,孔と凸部とを係合させる構成において,凸部の具体的構成をボルトとすることは,引用考案2及び3に見られるとおり,従来,周知の技術であったと認められるから,アームレストのフレームと車椅子本体との係合の物理的な強度を高めるとの上記技術的課題に基づいて,引用考案1に,引用考案2,3に見られる当該周知技術を適用して,その凸部を訂正後考案と同様のボルトとすることは,当業者がきわめて容易に想到し得ることというべきである。

ウ ウの点について

訂正後考案における「ロック片」と,引用考案1における「第2スプリング戻り爪」とは,いずれも,可動性を有する第3の部材として,アームレストのフレームと車椅子本体とを係合する機能を果たしている部材であることは上記(3)のとおりであり,両者の実質的な差異点は,上記アに係る事項を除けば,①前者においては,「下縁が外側に屈曲されている」とあるとおり,指の力によって係合を解除する際において「手掛かり」としての機能を有しているのに対し,後者にはそのような機能はなく,指の力による係合解除の際の「手掛かり」としては別の部材(開放ボタン180)を用いている点,②後者はバネによる付勢力を当該部材自体が有しているのに対し,前者は他の部材(バネ)によって付勢力を与えられるものである点にあると認められる。

しかしながら,上記①及び②の点は,係合のために同様の機能を有する第3の部材について,それぞれ別の機能を兼用させたというにすぎず,その程度のことは,考案の実施に当たり,当業者が適宜工夫すれば足りる事項にすぎないというべきであり,引用考案1においても,訂正後考案とは別の形で考慮されていることは上記のとおりである。また,部品点数の削減という観点から見ても,訂正後考案にしても,引用考案1にしても,兼用できなかった機能については,別の部材を用いているのであるから,格別の差があるということはできない。

なお,審決は,この点に関連して,「訂正後考案の上記相違点に係るロック片に関する構成の技術的な意義あるいは該構成による効果は,・・・アームレストを撤去状態にする際に,ロック片を外側に指で開いてロック状態を解除し得ると共に,アームレストを撤去状態から使用状態に戻す時に,該ロック片が係合ボルトとバネの働きに連係して自動的にアームレストを使用状態に固定し得るようにした点にあるものと解することができる。さらに,ロック状態にあるロック片を直接操作して解除する構成のため,部品点数の削減がなされる」(審決謄本10頁第3段落)と説示するが,本件において,審決が指摘する部材の兼用の点や部品点数の削減の点を格別のことということができないことは,上記のとおりである。

エ エの点について

エの点に係る訂正後考案の構成は,機能的に見れば,アームレストのフレームと車椅子本体とを係合する機能を果たす,可動性を有する第3の部材について,係合及び係合解除に際しての動きを特定したものであると理解することができる。

しかしながら,凸部と孔とによって係合関係を形成するためには,凸部と孔との位置関係を相対的に移動させて,凸部を孔に挿入すればよいことは当然であり,その際,凸部と孔とのいずれを移動させるかは,設計的な事項にすぎないことは,上記アのとおりである。同様に,訂正後考案及び引用考案1に見られるように,凸部又は孔を設けた第3の部材を相対的に移動させることによって,凸部と孔との係合関係を形成するようにした場合,その動きが具体的にどのようなものであるかは,凸部と孔との係合という観点からは,技術的に格別の意義を有しないというべきである。

なお,第3の部材の相対的な移動方向の点について,審決は,「訂正後考案の上記相違点に係るロック片に関する構成の技術的な意義あるいは該構成による効果は,・・・アームレストを撤去状態にする際に,ロック片を外側に指で開いてロック状態を解除し得ると共に,アームレストを撤去状態から使用状態に戻す時に,該ロック片が係合ボルトとバネの働きに連係して自動的にアームレストを使用状態に固定し得るようにした点にあるものと解することができる。さらに,・・・ロック状態の解除をロック片を外側に開いて行う構成のため,不用意な接触・押圧によるロック状態の解除が防止されることも予測されるところである」(審決謄本10頁第3段落)として,訂正後発明における第3の部材の移動方向は,不用意な接触・押圧によるロック状態の解除を防止するという技術的意義ないし効果を有する旨説示する。しかしながら,第3の部材の相対的な移動方向をいずれとするかは,凸部と孔との係合という観点からは設計的な事項にすぎないことは上記のとおりであり,また,車椅子の開発に携わる当業者にとって,安全性の点は,常に念頭に置くべき技術的課題であることは言うまでもないから,仮に,審決の指摘するとおり,「不用意な接触・押圧によるロック状態の解除が防止される」との効果を得たいと考えるのであれば,第3の部材の相対的な移動方向を,当該効果を発揮し得る方向に設定すればよいだけのことであって,そのことを格別なことであるということはできない。

そして,訂正後考案のように,「縁部に沿った方向の枢軸によって枢着された部材」は,例えば,被告提出に係る実願昭63-41900号(実開平1145742号)のマイクロフィルム(乙4)に,「上記押え部30は,・・・その下端部に固定座10のヒンジ受部16に回転自在に嵌合枢着するヒンジピン31を有する枢着側基板33・・・とで・・・形成されており」(明細書10頁第1段落)と記載されているように,ヒンジに係る構造として,本件出願前周知のものであるから,こうした周知技術を参考にして,引用考案1における第3の部材の取付け態様を,訂正後考案のもののようにすることは,当業者がきわめて容易に想到し得ることにすぎないというべきである。

オ 以上のとおり,上記(3)のア~エの点に係る訂正後発明の構成は,いずれも,当業者がきわめて容易に想到することができたものであるから,結局,審決認定の相違点に係る訂正後発明の構成は,引用考案1~3及び周知技術に基づいて,当業者がきわめて容易に想到し得たものというべきである。

(5) これに対し,被告は,引用考案1は,アームレストを手掛かりとして車椅子を持ち上げることができるほどのロック強度を有しないので,訂正後考案と引用考案1とは,実質的に同一の技術的課題を解決し,作用効果を奏するものではない旨主張する。しかしながら,上記(4)イのとおり,たとえ,刊行物1自体に,アームレストを手でつかんで車椅子を持ち上げることができるようにするという技術的課題が記載されていないとしても,車椅子一般について,この技術的課題が存在しないとか,刊行物1に接した当業者が,そこで記載された発明の車椅子について,この技術的課題を認識できないなどということができないことは,第1次判決(甲2)が既に判断したところであり,この判断の拘束力は本件審決に及ぶから,被告の上記主張を採用する余地はない。

また,被告は,訂正後考案では,ロック片という係合ボルトに係合する孔を有する部材が,「外側に開きバネの付勢力によって内側に戻る」のに対し,引用考案1では,開口部178に係合する部材である第2スプリング戻り爪176が「内側に押されバネ(スプリング戻り爪自体)の付勢力により外側に戻る」のであって,両者の構成は全く異なるとも主張するが,被告主張に係る差異は,上記(3)のア~エの諸点に解消し得るものであるところ,それらが,いずれもきわめて容易に想到し得るものにすぎないことは,上記(4)において検討したとおりである。

(6) 以上によれば,訂正後考案の容易想到性を否定した審決の上記(2)の判断は誤りであり,原告の取消事由2の主張は理由がある。

4 以上のとおり,原告主張の取消事由2及び4は理由があるから,原告主張の取消事由1及び3について判断するまでもなく,審決は,違法として取消しを免れない。

よって,原告の請求は理由があるから認容し,主文のとおり判決する。

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